SHOPでジーンズを見てたら、イケ面の店員が、私のことを「にいさん」と呼んだ。驚いた!!「にいさん。そのパターン、人気っすよ。さっきも、別のにいさんがLを買っていきましたよっ!」平然と、こんなやり取りがあった。「ダメっすよ」の「っすよ」、「ハンバーグセットでよろしかったですか」の「よろしかったですか」には、一時違和感があったが最近はもう慣れてきた。「無理っすよ」なんて、目上の指示を軽くかわすのに便利なので、時には使うこともある。そうはいっても、「にいさん」「にいさん」と赤の他人に呼ばれては、気持ち悪さがぬぐいきれない。おれは、別にあんたを弟分にした覚えはない。正しい日本語講座だが、好奇心をもってこうした現象を観察するのも楽しい。この手の新種の日本語が使われだしてから、サラリーマンの仕事の場面に浸透するには、どれくらい時間がかかるのか、どういう経路で浸透していくのかというのは、チョッと興味深い。7,8年前だろうか、「うちの会社的には、」と話す取引先の社員がいて驚いたことがあった。その頃は、この「的には」というのは、私的には、とても違和感があって使えなかった。しかし今となっては、私より年配の固い業界の方も、普通に使っている。特に最近耳につくのが、「い」のない形容詞だ。「ハヤッ」(はやい)、「デカッ」(でかい)、「スゴッ」(すごい)というのは、バラエティ番組にでてくる字幕の表現の影響か?だんだん単語の字数が減って短くなっていく。そういえば、東北弁は、寒いのでできるだけ口をあけないように言葉が短いのだと聞いたことがある。例えば、同居人同士の会話では、「どさ」(どこに行くの?)「ゆさ」(お風呂に行く)という、最短の4文字会話がある。現代の若者の言葉もこの域に近づいているのかもしれない。「どさ」なんて、キーの押しにくい携帯電話のメールで使えそうだ。話がそれたが、今の若者の言葉が実際に普及するには、どれ位の時間がかかるのだろう。ただ普及の経路についていうと、上に挙げた「よろしかったですか」や「にいさん」の例などからみるに、若者の仲間内の言葉→飲み屋の店員→他の小売業の店員→サラリーマン社会という経路で普及するのだろうか?考えると興味はつきない。仕事で私が「にいさん」と呼ばれるのは、何年後だろう?そのときに「じいさん」になってなければよいのだが・・・